LOGIN「オーウェン殿下は何も分かっていない!」
「落ち着けよ、レーキ」
青い髪が逆立つのではないかと思えるほど怒り狂う友人を優しげな蜂蜜色のおっとりした少年が|宥《なだ》めた。
憤慨している青髪の少年はレーキ――ノモ子爵の次男。
蜂蜜色の少年はジョウジ――シキン伯爵の嫡男である。
この二人はオーウェンの側近となってから無二の親友となった。もっとも、
「俺はいい。だが、ジョウジは側近として必要な存在だ」
「おいおい、僕より優秀なレーキの方が必要な人材だろ?」
「はっ、俺なんて所詮は小知をひけらかすだけの小狡い男だ。だが、シキン伯爵家とお前は違う」
レーキは自他共に認める鋭才で、彼自身も己の能力に自信はある。だが、ジョウジと出会ってから、彼の価値観は一変した。
「僕は愚直なだけで取り柄はない平凡な男だぞ?」
「愚直も貫き通せば立派な才能だ。むしろ、どんな圧力にも負けず、真っ直ぐでいられるのは非凡だぞ」
「それはシキン家の先祖のお陰さ」
シキン伯爵家は『貴族の良心』と呼ばれるほど王家への忠節に篤く、貴族の矜持と義務に真摯な一族だ。
今のシキン伯爵も代々己の利を求めず常識的な人柄で王家に仕えてきた忠臣である姿勢を受け継いでいた。
奇抜な能力も特殊な才能もない。ただただ王家に対し忠実に誠実に生きている。あまりに凡庸な生き方ではあるが、これを貴族の世界で代々貫き通しているシキン家は異色なのである。
普通なら他の貴族によって食い物にされて断絶していておかしくない。事実、先々代の頃にシキン伯爵家はお取り潰しの憂き目に遭っている。
ある時、シキン伯爵家を良く思わない派閥に嵌められ冤罪で不正を糾弾された事があった。だが、当時のシキン伯爵は「己に恥じる事なし粛々と王の裁可を受ける」とだけ述べ見苦しく言い訳をしなかった。
さらに「王が下された裁決ならば、それが如何様であろうとも喜んで拝受いたしましょう」とまで言ってのけたのだ。
その鮮烈なまでの王家への忠誠に、当時の国王は感動し徹底的な再調査を命じ、シキン家を陥れた貴族達が逆に没落する結果となった。
以降、シキン家は誠心と忠誠の代名詞となって今に至る。だから、シキン家の者の言動は下手な高位貴族より重く取られるのだ。
「シキン家の者を側近から外す意味を殿下は全く理解していない」
オーウェンはシキン家を伯爵家と軽んじているようだが、シキン家に見限られればオーウェンの方が無事では済まないのだ。
「まあ、僕に関してはともかく、殿下の周りを固める連中は問題だね」
「残留した者が奸婦に篭絡されたヤツらだけだからな」
苦言を呈した臣はみな遠ざけられた。
「せめてニルゲ嬢が諌めてくださったら」
「あの方は駄目だ」
レーキの目は落胆の色に染まる。
「最初は文武両道で下の者の言葉にも耳を傾けてくれる優れた令嬢と思っていたが、ただ八方美人なだけでご自分の商会にしか興味がない」
「一貴族、一商会長として優れていても、王妃となれる器ではなかったか」
イーリヤは学園の出来事にまったく興味を示さず、オーウェンの浮気にも我関せずであった。
「まあ、それでもあの奸婦よりはましだが」
「カオロ嬢が王妃になる事はないでしょう。男爵令嬢だし能力にも性質にも問題があり過ぎます」
「それだけは安心だが……」
だが、それよりも甘い言葉しか耳に入れないオーウェンが将来の国王になる事への不安が強い。どう見ても暗君になる未来しか想像できないのだ。
「今生の陛下は道理の分からぬお方ではありません。となると、オーウェン殿下の即位自体が危ぶまれます」
「そうなると次代はエーリック殿下となるが……」
レーキの顔が曇る。
「エーリック殿下の能力に問題は無いとは思うのだが、どうにも優柔不断と言うか……」
「少し気弱なところはあるかな」
「婚約者のグロラッハ嬢は才色兼備で人気のある令嬢だが……」
「どちらも情味のある人物だけど、一国の長にしては頼りない?」
柔和なエーリックとウェルシェを思い浮かべてレーキは頷いた。
「オーウェン殿下は少々狭量なところもありますが、その覇気はまさに王者の風格……改心していただければ十分に王たる器だとは思うのですが……」
「
あの奸婦が、とレーキは吐き捨てた。
「古今東西英雄色を好み、女で身を滅ぼすのは歴史を紐解けばよく見られるものです」
「皮肉だな」
それだけにオーウェンには資質ありとの証明かとレーキは苦笑いした。
「なんとか殿下を諭せないものか」
「難しいですね」
彼らに向けられる視線はお世辞にも好意的とは言い難い。
「我々は殿下の不興を買い、学園では敬遠されていますからね」
オーウェンから遠ざけられ、とばっちりを受けまいと二人に近づく者はいなかった。
「まいったなぁ、ここまで邪険にされるとは思いませんでした」
「王家は畏れ敬うものだが、あいつらはたんに権威に恐怖している小者さ」
「ははは、レーキは豪胆だね。誰だって王族は怖いものだよ」
オーウェンを畏れて2人から距離を取る彼らの気持ちはジョウジにも理解できる。
「ふん! 本当に恐ろしいものが何かを理解できない未熟者どもが」
このまま手をこまねいていれば、オーウェンの即位が暗いものになる。レーキにはそれが分かるだけに口惜しくてならない。
「ほとんどの人は
「「――ッ!?」」
突然、会話に入ってきた人物に驚き二人は絶句した。
なぜなら、声の主がちょうど話題にしていた人物、ウェルシェ・グロラッハだったからである。
――ドンッ!オーウェンが怒りに任せて拳を激しく机に叩きつけた。「どうして分かってくれないんだ!」今回の裁定に対し、オーウェンは憤りを隠せない。「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。「落ち着いてください殿下」眼鏡を掛けた怜悧な印象を受ける青髪の美形――サイモン・ケセミカ。ケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられ育った英才である。だが、イーリヤやレーキに遅れを取り成績不振に陥った。その為、一時は家の期待に応えられないと悩み苦しんだものだ。そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、彼の強い正義感が裏目に出て騎士クラス内で孤立していた。そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。彼は能力を買われて分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。アイリスは容姿で差別す
「何よ、ザマァって?」聞き慣れぬ言葉にきょとんとウェルシェは首を傾げた。「近ごろ巷間で流行っている恋愛小説のテンプレでございます」「恋愛小説ぅ?」「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」ウェルシェの主張にカミラが疑いの目を向ける。「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」「大好きよ!」胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外見は妖精姫、中身は謀略好きのおっさん。それがウェルシェである。妖精のような美姫でありながら、恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。「お嬢様にも、もう少し恋愛にも興味を持って欲しいのですが」「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは言動だけの恋愛に残念な見た目詐欺令嬢なのだ。「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。「それでザマァって何よ?」「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったようなことです」王子様役の男を巡ってライバルの令嬢
「それでは、学園でまたお会いできるのを楽しみにしておりますわ」「あ……う、うん……また……」ウェルシェからお色気攻撃を不意打ちで食らい、エーリックがフラフラと地に足がつかない状態で帰っていく。「あらあら、エーリック様、大丈夫かしら?」その背中を見送りながらウェルシェはくすくす笑った。「あれはやり過ぎだったのではありませんか?」ウェルシェがチラリと背後を見やれば、カミラが半眼を向けていた。「ん、何の事?」だが、ウェルシェは頬に右手を添えて可愛い仕草ですっとぼける。「そんな可愛い子ぶっても私には無意味ですよ」「むぅ、カミラも可愛いの好きでしょ?」ウェルシェが口を尖らせた。そんな子供っぽい態度も愛らしく、同性であってもくらりときそうだ。「ええ、小さい頃のお嬢様はお可愛らしく、モノホンの妖精でございましたのに……」カミラはハァっとため息を吐き出して、どこで間違ったのかと嘆いた。「何よ、今だって私はカワイイでしょ。学園じゃ『妖精姫』って呼ばれてるんだから!」背中に美しい羽根が見えるって言われてるんだからと、カミラの前でウェルシェはクルリと回って見せた。拍子にふわりとスカートが舞う。その軽やかな姿はとても幻想的で絵本から美しい妖精が出てきたよう。「最近の妖精にはコウモリの羽と悪魔の尻尾が生えているとは存じ上げませんでした」だが、
「――と言うわけで兄上の進言は退けられたんだ」エーリックは裁定の場での仔細をウェルシェに誇らしげに語った。ここは、いつものグロラッハ家の庭園の中にある四阿。ウェルシェが王妃オルメリア主催のお茶会で色々やらかしてから一週間以上が過ぎていた。あの後、非公式ながら国王と王妃の名の元に関係者が集められた審議の場が設けられた。そこで自分の主張が通って無事ウェルシェとの婚約が継続となりエーリックは少し自信をつけたらしい。「しかも、僕らの婚約は父上と王妃殿下の後ろ盾を得られたんだよ」実際はウェルシェの暗躍のお陰なのだが、それを知らないエーリックは胸を張った。男の子は好きな女の子には格好良く見られたいものなのである。「これでセギュル先輩がウェルシェに言い寄ってくる事もなくなるはずさ」「ホントですの!?」報告を聞いたウェルシェは両手を顔の前で合わせて喜んだ。そのあざと可愛いポーズで朗らかに微笑むウェルシェの姿はまさに妖精姫そのもの。エーリックは自分の婚約者は世界一可愛いとだらしなく相好を崩した。「王妃殿下が僕達の婚約への一切の干渉を禁じたから、学園でウェルシェにちょっかいをかける者はいなくなると思うよ」「さすがエーリック様ですわ」男を手の平の上で転がす腹黒令嬢は追い打ちヨイショを忘れない――それがウェルシェ・グロラッハである。「いやぁ、僕は大したことはしてないさ」実際こいつは大したことはしていない。「そんなことありませんわ。私とても恐い思いをしておりましたの」しなを作って
――カシャン! オルメリアは手にした王笏の底部で床を打った。 もう、これ以上聞くことはないとの意思表示だ。「オーウェン、お前は多くの失態を犯しました」「わ、私に何の落ち度があるというのですか?」未だにオーウェンは自分達以外の者こそ間違いを犯しており、それを正そうとしただけだと思っている。だから、オルメリアの非難は心外そのものだった。「第一に、今回の婚約話は私が提案したものです。そこにエレオノーラやエーリックの意思は介在していません」「で、ですがケヴィンは……」「よってエーリックがグロラッハ嬢に圧力をかけたとの言い分は全て事実無根です」オーウェンはごにょごにょと言い繕おうとしたが、オルメリアはまったく取り合わない。「第二に、ケヴィン・セギュルの狼藉をお前が一方的に擁護した件。これに関してはウェルシェ・グロラッハより直接抗議を受けました」「そ、そんなはずは!?」「私が直に彼女から聞いたと申しているのです」ピシャリと断言されてオーウェンはグッと口を噤んだ。「また、ケヴィン・セギュルの王家への叛意とも取れる発言を擁護もしましたね。こちらも本人からだけではなく、多数の証言を得ています」「ケヴィンの発言は王族へではなくエーリックの暴虐への苦言であり諫言です!」「王族ではなくエーリックの、ですか……つまりお前はエーリックを王族とは認めないと?」オルメリアの声が絶対零度にも届きそうなほど冷え冷えとした。母の感情が消え去った声にオーウェンの背筋が凍った。「い、いえ、今のは言葉のあやで、決して私にそのような意図は……」
「黙るのはお前の方だ」国王ワイゼンは若くして戴冠した。その在位年数は十年以上にも及ぶ。若輩の身でその重責を負いながら大過なく国を治めてきた。その彼にとって経験の浅い息子の威圧など何の重みも持たない。「ち、父上!」現国王のプレッシャーにオーウェンはたじろいだ。「都合が悪くなれば怒鳴って黙らせようとするとは、なんと底が浅い……母は嘆かわしいですよ」それからもう1人。彼の母、王妃オルメリアもである。彼女は国王を助け、国体を守ってきた。彼女にとってオーウェンの怒声など、仔犬がキャンキャン喚いているのとなんら変わらない。「母上まで……」二人にぎろりと睨まれ、先程まで居丈高だったオーウェンは情け無いほど震え上がった。「この件に関し全てをオルメリアに一任する。オルメリアの言葉は我が言葉と心せよ」ワイゼンは手にしていた王笏をオルメリアに貸し与えた。この場の全権を任せるとの意思表示である。「今回の騒動はエーリックとウェルシェ・グロラッハの婚約だけが問題ではありません」王笏を手にしたオルメリアは前へと進み出て壇下のオーウェンに厳しい視線を向けた。「ゆえに関係者一同に集まってもらいました」既に事情を知っている者もいるようで、顔色を悪くしている。「まずは一番の問題であるケヴィン・セギュルですが……」オルメリアがちらりと視線を送った先にいたのはケヴィンの父セギュル侯爵。彼は有罪判決を受ける被告人の如く
「もちろん、エーリック様をお慕いしておりますわ」ウェルシェは自信満々で(のもたらしてくれる富)と副音声に入れた。嘘は言っていない。「ふふふ、今のは嘘くさぁい」「もう!」「ごめん、ごめん」プイッとウェルシェはむくれてそっぽを向く。キャロルが笑いながら謝罪すると、ウェルシェは横を向いたまま横目で彼女をチラッと見るとため息をついた。「キャロル、私
「ウェルシェは押しに弱そうなだからねぇ」キャロルの指摘にウェルシェはちょっと複雑な気分だった。擬態を解けば男共をあしらうのは訳ない。(だけど、今の私のイメージでは強く出られないしなぁ)エーリックの好みを演出する為のイメージ作りが仇となっている。それはウェルシェ自身も理解はしていた。だが、こればっかりはどうにもならない。「それにウェルシェを強引に口説こうとしている筆頭はオーウェン殿下の側近だし」「ケヴ
「お申し出は嬉しいのですが……」ウェルシェがたおやかに微笑むと目の前の貴族令息は息を飲んだ。あまりに幻想的な妖精の笑貌で、見惚れて言葉を失ったようである。「私には婚約者がおりますの。もう声をかけるのはお止めくださいませ」だが、その愛らしい口から紡がれたのは辛辣な拒絶の言葉。「ま、待ってくれ。あんな婚約者よりも俺の方がよっぽど……」「あんな?」慌てた
「なんなのよ、あの男どもは!?」いつもは人を食ったような態度で余裕綽綽のウェルシェが、らしくなくウガァーッと喚き散らした。その叫び声にカミラはそっとため息を漏らす。「私は面白おかしく学園生活を送りたいだけなのに!」ウェルシェがマルトニア学園に通うようになって三ヶ月が過ぎた。学園生活の出だしは上々。優秀なウェルシェにとって、学業関係や学園行事を卒なくこなすのは造作もない。お得意の猫かぶりで問題なく気の合う友人も作れた。そう、全ては順風満帆……のはずだったのだが、一つだけウェルシェに誤算があった。「どうして、言い寄る男が絶えないのよ!」つまり、エーリックの危惧していた通りになってしま







